洞爺方面プラリ 廃校跡に誘われ
はあああ~。(ため息)
日帰りで、何となく洞爺湖方面へ。
洞爺湖畔についた。
春にも訪れた、壮瞥公園の東屋で、昼寝。
足元でぴょこぴょこ気配がするので注意してみると、
あらまあ、めんこいこと。
木漏れ日のうつくしい湖畔の道路を軽快に走り、
たどり着いた先は、財田(たからだ)の集落。
たどり着いた先は、財田(たからだ)の集落。
田んぼが一面こがね色。たからだとはよく言ったもんです。
春に同じ場所で撮ったものがこちら。
この写真を撮ったあたりのすぐ裏手に、親水公園があって、
ここがまた芝生が綺麗に刈りそろえてあって非常に寝やすい!
またまた一時間ほど昼寝をしてしまいました。
ここがまた芝生が綺麗に刈りそろえてあって非常に寝やすい!
またまた一時間ほど昼寝をしてしまいました。
とうや水の駅へと向かう途中、山側へと伸びていく道があり、
気になったのでそちらへ。
気になったのでそちらへ。
急斜面を上っていくと、湖面を見下ろすカーブに、歌碑、句碑が並んでいた。
すすきの穂ごしに湖面を望む。
さらに道は続いており、左手は荒れた急斜面の先に墓地で行き止まり。
引き返して、右手に進むことにします。
木漏れ日林道、走りやすい。
曲がりくねった林道の先には、牧場が開けていた。
石碑があったので、牧場だから馬頭観世音か畜魂碑であろうかと、近づいてみると、
大正期と戦後と、居住者の変遷が見てとれる。
大正期のものには集落名に「仙台団体」とある。
戦後のものは「樺太団体」「海軍団体」「広島団体」の表記。
いまはあたりに牧場しかない。近くの道道には、神内ファームの大きな看板。
校舎や、往時をしのばせるものは何もない。
この東屋のベンチは幅が狭すぎて昼寝には向かないな…。
この東屋のベンチは幅が狭すぎて昼寝には向かないな…。
国道に出ようとするところで、「黒田小学校」の標識を見つけたので、向かってみる。
留寿都村立黒田小学校、こちらも廃校で、倉庫か何かとして使われてるようだった。
このように、セローちゃんに乗っていると、たいていの道に気軽に分け入っていけるので、
発見や感動がいっぱい。楽しみが広がりまくりんぐ。
発見や感動がいっぱい。楽しみが広がりまくりんぐ。